駒田徳広の嫁や子供は?年俸もチェック!

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出典

皆さんこんにちは!あやです。

2019年7月20日に放送の「バース・デイ」には、日本球界のレジェンドと呼ばれる元巨人選手・駒田徳広さんが紹介されますね。

駒田さんが特集されるということで、プロ野球選手引退後、何をされているのか、駒田さんの現在の活動について注目してみたいと思います。

さらに結婚していて嫁や子供がいるのかや、年俸についても調べていきますね!

さっそく確認していきましょう!

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駒田徳広の経歴や現在の活動は?

では最初に、駒田徳広さんの経歴や現在の活動を見ていきましょう。

【駒田徳広のプロフィール】

・名前:駒田徳広(こまだのりひろ)

・生年月日:1962年9月14日

・年齢:56歳(2019年7月現在)

・出身:奈良県磯城郡三宅町

・血液型:O型

・身長:191cm

・体重:90kg

・職業:元プロ野球選手

野球指導者

野球解説者

タレント

・学歴:奈良県立桜井商業高等学校

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駒田徳広さんは、奈良県出身の元プロ野球選手です。

駒田さんが野球を始めたのは、小学生の頃。

小学生の頃から運動神経は人一倍高く、野球以外にも水泳で県大会に出場するなど、スポーツに夢中になっていたといいます。

中学生になると野球一本に絞り本格的に練習を開始。

当時は三遊間をゴロで抜けるヒットをよく打っていたそうです。

本人曰く、当時は長身ながらも力に欠けていたそうです。

そんな駒田さんが実力を魅せ始めたのは高校生の時。

奈良県立桜井商業高等学校の野球部に所属すると、エースとして活躍。

背番号4番を背負い、プレーしていました。

高校時代の野球の戦績は・・

・1978年夏の甲子園県予選→準優勝

・1979年の秋季奈良大会→準決勝

・1980年春季奈良大会→決勝

奈良県大会で決勝や準決勝にチームを導くなど好成績を残し、マスコミからも注目を浴びていたそうです。

高校3年間で、43本塁打、打率.490という成績を記録し、「奈良のマニエル」という愛称までついていたのだとか。

そして駒田さんが高校3年生の時に、読売ジャイアンツからドラフト2位で投手として指名されます。

高校時代甲子園には出場出来ず悔しい思いをしたようですが、それでもドラフト指名が入るとは、さすがに嬉しかったでしょうね。

高校卒業後の1980年に、駒田さんは巨人に正式に入団しています。


巨人時代は、一塁手と外野手として活躍していましたね。

左投左打、サウスポーとして打席に入ると「満塁男」と呼び名がつくぐらい、満塁時の打席での勝負強さを魅せていました。

現在レジェンドと呼ばれていますが、現役当時10回も「ゴールデングラブ賞」を受賞しているのです。

10回もの受賞は一塁手としては史上最多だったそうです。

さすが、レジェンドと呼ばれるだけありますね。

駒田さんは1993年まで巨人で活躍し、1994年からは横浜ベイスターズでプレーしていました。

横浜ベイスターズ移籍直後は、若い選手が多く、32歳だった駒田さんは最年長選手だったのだそうです。

横浜には2000年までの約6年間在籍。

現役通算安打2006本という記録を残し、2001年の1月18日に現役引退を表明しました。

引退後はというと、野球解説者や、コーチなどの指導者、監督として活動しています。

2001年からラジオ「ニッポン放送」にて野球解説者を務め、2002年にはテレビ東京にて解説をしていました。

2005年からは東北楽天ゴールデンイーグルスの一軍打撃コーチに就任。

成績不振で二軍コーチに降格するが、その後解任されています。

2006年に再度解説者として活動し、2009年には横浜ベイスターズのコーチを務めました。

このように駒田さんの経歴を見ると、いろんな球団を転々をされていますが、最終的には独立リーグ・四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグスというチームの監督に就任されました。

2016年から監督を務め、その後「優勝を達成できなかったこと・NPBに選手を送り込めなかったこと」を理由に、2019年7月12日に監督退任を発表

今シーズン限りで辞めてしまうそうです。

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駒田徳広の年俸は?


野球選手といえば年俸が気になるところですね。

数百万円〜数億円と野球選手の年俸は幅広いですが、駒田徳広さんの年俸は現役時代どのくらいだったのでしょうか?

巨人入団当初から引退するまでの年俸額がこちらです。

【読売ジャイアンツ時代】

・1980年 2000万円

・1981年 240万円

・1982年 264万円

・1983年 300万円

・1984年 760万円

・1985年 760万円

・1986年 960万円

・1987年 920万円

・1988年 1800万円

・1989年 2900万円

・1990年 4920万円

・1991年 7000万円

・1992年 9200万円

・1993年 1億2000万円

【横浜ベイスターズ時代】

・1994年 1億2000万円

・1995年 1億2000万円

・1996年 1億1400万円

・1997年 1億2000万円

・1998年 1億4500万円

・1999年 1億6000万円

・2000年 1億4000万円

上記の年俸一覧を見てもわかるように、駒田さんの選手時代の最高年俸額は1億6000万円です。

ちなみにプロ野球選手の平均年俸は、2017年のデータですと3826万円となっています。

駒田さんの選手時代の年俸は、平均年俸額をはるかに超える金額!

1980年〜2000年にかけての年俸合計額は、13億円を越えてますからね。

約8年間も1億越えを維持していたので驚きました。

ちなみに駒田さんが現役を引退してからの年俸は、はっきりとわかっておりません。

コーチや監督をされていたこともあり、500万円〜1000万円くらいの間だったのではないかと推測されます。

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駒田徳広の嫁や子供は?

続いて駒田徳広さんのプライベートな部分を見ていきましょう!

実は駒田さんは、結婚を2回、離婚を1回されています。

1度目の嫁さんは、元ミス東北にも選ばれたことのある女性でした。

その方とは結婚後1年4ヶ月で離婚をしていますが、当時駒田さんは離婚理由に関して「性格の不一致が原因」と述べていました。

一方、その前妻が浮気をし、他の男性との子供が出来たという噂も浮上しています。

前の奥さんの浮気が原因だということですが、黒人の子供が生まれたという衝撃的なお話も流れているのですよね。

ただしこの噂は、本人の口から直接語られた情報ではないので、信憑性に欠けています。

真実はご本人にしかわかりませんね。

駒田さんはたくさんの困難を乗り越え、その後美佳子さんという素敵な奥様に出会い再婚します。

現在は幸せな結婚生活を送っているようですよ!^^

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駒田徳広についてのまとめ

では最後に駒田徳広さんについてまとめていきますね。

*「バース・デイ」に、日本球界のレジェンドと呼ばれる元巨人選手・駒田徳広が登場。

*駒田徳広は、奈良県立桜井商業高等学校の野球部だった。

*駒田徳広は、現在高知ファイティングドッグスの監督。

*駒田徳広の年俸がすごい!

*駒田徳広は結婚2回、離婚を1回している。

また明日の投稿もお楽しみに!^^

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