小野伸二の天才逸話!怪我がなければと後悔?原因は?

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出典

どうもこんにちは!あやです。

2019年8月31日放送のバース・デイでは、プロサッカー選手の小野伸二さんについて特集されますね。

小野伸二さんといえば若くして数々の国際大会に出場し、天才と呼ばれていましたよね。

そこで今回は小野伸二さんの天才逸話や、怪我の原因についてお届けしていきます。

怪我がなければと後悔しているって本当なの?

真相を見ていきましょう!

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小野伸二のプロフィールや経歴!

まずは、小野伸二選手のプロフィールと経歴から見ていきましょう!

【小野伸二のプロフィール】

*名前:小野伸二(おのしんじ)

*生年月日:1979年9月27日

*年齢:39歳(2019年8月時点)

*出身:静岡県沼津市

*血液型:O型

*身長:175cm

*体重:76kg

*職業:プロサッカー選手

*チーム:FC琉球

*ポジション:MF

*背番号:7

*学歴:沼津市立今沢中学校

静岡市立清水商業高等学校

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【これまでの経歴】

1986年 – 1991年 今沢サッカースポーツ少年団

1992年 – 1994年 沼津市立今沢中学校

1995年 – 1997年 静岡市立清水商業高等学校

1998年 – 2001年 浦和レッズ

2001年 – 2005年 フェイエノールト

2006年 – 2007年 浦和レッズ

2008年 – 2009年 VfLボーフム

2010年 – 2012年9月 清水エスパルス

2012年9月 – 2014年5月 ウェスタン・シドニー

2014年6月 – 2019年8月 北海道コンサドーレ札幌

2019年8月 – FC琉球

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小野伸二選手は、静岡県出身のプロサッカー選手です。サッカー少年だった頃から、フィジカルの強いところが彼の持ち味。

何と言ってもボールキープ力が高く、今でも試合出場の際は一人際立っていますよね!

小野選手は小学生の時から「天才サッカー少年」と言われていました。

小学生の時から既に才能を発揮しており、1993年(小野選手が13歳の時)にはU-16日本代表に初選出されています。

翌年の1994年には、第6回U-16アジアユース選手権で優勝。

1995年にはFIFA U-17世界選手権大会に出場しています。

そしてかねてから注目されていた小野選手は、高校卒業と同時にプロサッカー選手になりました。

浦和レッズや清水エスパルスなど、度々移籍を繰り返していますが、現在は沖縄を拠点としているFC琉球に在籍しています。

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小野伸二の天才逸話がすごい!

天才と呼ばれる小野伸二選手。そんな彼には天才逸話が存在します

プロ入りする前から周囲もおどろくようなエピソードが沢山あったのです。

小野選手は小学生の頃からサッカーを始めたのですが、サッカーチームに入るきっかけとなったエピソードが凄いんです。

天才逸話①

母子家庭で6人兄弟。家庭が貧しくサッカー少年チームには入れなかった小野伸二少年。

一人でサッカーの練習をしている姿を見たスポーツ少年団の監督が「お金はいらないからぜひ入ってくれ」と声をかけ誘ってくれた。

少年チームの会費を払わなくても良いから入ってくれなど、普通だったら言われませんよね。

当時から地元の人で小野のことを知らない人はないくらい有名だったそうです。まさにサッカーの才能の塊!

天才逸話②

通学していた沼津市立今沢中学校には元々サッカー部がなかったが、小野伸二選手がいたことで新たにサッカー部が開設された。

すでに中学生の時には、学園のアイドル的存在だったのでしょうか?

天才サッカー少年がいるともなれば、先生も同級生も注目していたことでしょうね。

天才逸話③

・プロ入りする時に、Jリーグの13クラブからオファーが来た。

・18歳の若さで、ワールドカップに出場。この時日本代表でのワールドカップ最年少出場記録だった。

他にも多くのサッカー選手たちが、小野選手を高く評価しています。

ラモス瑠偉さん

「日本で天才がいるとしたら、僕は一人だけだと思う、小野伸二。もし怪我してなかったら、化け物みたいな選手になっていたよ。輝いてる時間は短かったけど。」

中村俊輔さん

「日本サッカー史上最もうまいのは小野伸二」

世界で活躍するサッカー選手たちも認める希代の天才。

ますます小野伸二選手の凄さや魅力が伝わります。

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小野伸二は怪我がなければと後悔してる?原因は?

小野伸二選手は、実は過去に大きな怪我を負っているのです。

小野選手が怪我をしてしまったのは、1999年7月に開催されたシドニーオリンピックアジア予選でのこと。

対フィリピン戦に出場した小野選手は、相手のDFから後方タックルを受け、左膝靭帯断裂の重傷を負ってしまいます。

相手のタックルが怪我の原因なのですが、誰が見ても悪質だなと思えるような当たり方でした。相手選手は小野選手をマークしていたようですが、よほど感情的になっていたのでしょう。

この怪我により、小野選手のサッカー選手生命は、大きく変わってしまいました。

怪我がなければ!」と残念に思っていたファンの方が多くいたことは確かです。

当時の心境を小野選手はインタビューでこのように語っています。

「あのケガで、僕はすべてを失った。シドニー五輪もそうだし、足の感覚だけじゃなく、サッカーのイメージ全体が消えてしまった。

あそこから、自分が持っているイメージ、練習でも試合の時のようにやれていた感覚がなくなって、『あれ、なんでだろう?』と迷いながらプレーするようになってしまった。

その時、自分は『それまでの選手だったんだなぁ』と思いましたね。それほど、あのケガは僕のサッカー人生にとって、大きなターニングポイントになりました」

引用元:https://sportiva.shueisha.co.jp

やはり後悔している様子ですね。怪我がなければより活躍の幅が広がったことでしょう。

それでもリハビリを重ね、小野選手はサッカーを継続しました。

長年怪我と付き合い、フィジカルだけではなくメンタル面も強くなったという小野伸二さん。

怪我により辞めていく選手が多いなか、現役を続けているところが小野選手らしいです。

やはり天才は思考も違います。

将来的にはサッカー界のレジェンドとして活躍していってほしいです。

今後もFC琉球での活躍を応援しています。

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小野伸二についてのまとめ

小野伸二選手はまだまだ現役。

今後もサッカー選手としてサッカー少年やファンの方に夢を届けて欲しいですね。

では最後に小野伸二選手についてまとめていきます。

*バース・デイに、プロサッカー選手の小野伸二が登場!

*小野伸二は少年時代から天才と言われていた。

*小野伸二の天才逸話は沢山ある。

*小野伸二の怪我の原因は1999年のW杯予選でタックルされたこと。左膝靭帯断裂した。怪我がなければと後悔している様子。

最後までお読み頂きありがとうございました!

またのご訪問お待ちしています。

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